市場規範と社会規範の間でポジティブ・フィードバックを受け取る

こんにちは、特売サービスのうさぎ好きエンジニア、伊尾木です。

今回のエントリでは、特売情報サービス上で実施しているポジティブ・フィードバックを回す施策を紹介いたします。

お店へのポジティブなご意見をもらおう!

特売情報サービス ( https://cookpad.com/bargains/ )とは、日本全国のスーパーやドラッグストアなど(クライアントと呼んでいます)が、クックパッド上でチラシを配信するサービスです(よく有料サービスだと誤解されますが、無料ですのでぜひ使ってみてください)。

スーパーなどのクライアントは、忙しい業務に加えてクックパッドにもチラシを投稿してくれており、特売情報サービスの品質は全国のクライアントのモチベーションによってなりたっているとも言えます。 そこで、クライアントのモチベーションを支援する施策として、一般ユーザからお店に対するポジティブなご意見を集められないかという案がでてきました。特売情報上の店舗のページに投稿フォームを設置して、ポジティブなご意見を投稿してもらおうという施策です。

市場規範 vs 社会規範

良いアイデアだとは思うのですが、本当にポジティブなご意見が集まるのか、かなり疑問がありました。というか、私はネガティブな意見しか来ないんじゃないかなと思っていました。

ところで、人間関係には、市場規範と社会規範という2つの異なる規範が存在します。これは「予想どおりに不合理」という本で詳しく述べられています。簡単にいうと、金銭的価値で判断されるのが市場規範で、愛情や友情などで判断されるのが社会規範です。 市場規範は社会規範を壊してしまいやすいということが知られています。例えば、恋人と楽しい夕食のあと家まで送っていくことは社会規範の範疇ですが、その帰り際に「今日の夕食はX円で、車の送迎もY円でだけど、十分にその価値があったよ(市場規範)」というと一気に引かれてしまいますね。(同様に、デートでは男性が奢るべきと主張することも、社会規範に市場規範を持ち込んでいることになりますね。蛇足ですが。)

スーパーでのお買物は明らかに市場規範です。100円で売っているものを100円で買っても、等価交換が行われただけであり、社会規範が関与しているとは思えません。このような市場規範が優勢な状況でご意見を募っても、ネガティブなご意見しかこない可能性があります。 実際、多くのスーパーが店頭でご意見箱のような施策を行っていますが、ネガティブなものが圧倒的に多いようです(店舗によっては、9割がネガティブな意見であったりするようです)。

小さく試す

そこで、小さく試してみることにしました。

  • 4日間だけ投稿フォームを設置する
  • 投稿フォームは店舗ページの目立たない下部に設置
  • 投稿機能だけにする(クライアントへの自動通知、自動公開機能などは作らない)

機能名は「応援メッセージ」とし、以下のようなフォームを設置しました。

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結果、4日間で数百のご意見があつまり、なんとその大半がポジティブなものでした。例えば以下のようなご意見が来ました。

先日、くじで半額シールが当たりました。 それで高級な牛肉を買って主人と結婚してから初めて我が家で焼き肉をいたしました。 とても嬉しくて主人と二人して焼き肉を楽しく頂きました。 こんな楽しい時間を過ごさせていただき、感謝しております。 ありがとうございました。

とか

まだ歩けない子供を抱えてのお買いもの。 買った商品を持って頂いたり、レジ袋につめて頂いたり、お客様本意の対応にいつも感激しております。

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いつも鶏肉や野菜が安くて助かっています!

先週のこだわりトマトが美味しかったです。

など、かなりいいご意見ですね。

これらのご意見をクライアントにお知らせすると

「普段、感謝されることはあまりないから、本当に嬉しい!!」

「ちゃんと細かい仕事まで見てくれて、嬉しい!」

といった反応があったり、メッセージが表示された画面をプリントアウトして大事にそう持って帰ったクライアントもおられました。

この結果を受けて、機能を整備し、投稿フォームを常設するようにしました。

機能をチューニングする

投稿フォームの常設後もポジティブご意見が多く集まってきましたが、一方ネガティブなご意見も日々一定数投稿されていました。そこで機能のチューニングを実施しました。

具体的には機能名を「応援メッセージ」から「このお店のここが好き」(通称:ここスキ)に変更しました。

「応援」は社会規範の言葉であるものの、叱咤激励のニュアンスもあるため、機能名自体をよりポジティブなものに変更してみました。また、これに合わせて細かいUIの修正も行いました。

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結果、ポジティブご意見が増え、逆にネガティブご意見は半分に減りました。改めて機能名、重要ですね。

なぜポジティブな意見が集まったのか

私の浅はかな予想を裏切り、多くのユーザはポジティブな意見を投稿してくれました。

ポジティブ意見の中身を見ると、半分が「安い」や「新鮮、美味しい」といった内容で、もう半分が「親切・元気で嬉しい」という感じです。「親切・元気で嬉しい」というのはまさに社会規範の範疇ですね。面白いのは「安い、新鮮、美味しい」というご意見が多いことです。これらは主に市場規範の範疇ですが、おそらく店舗側の大変な努力をユーザが実感し、市場規範を超える社会規範が現れているのかもしれません。

ところで、なぜ店頭ではネガティブが多く集まり、特売情報サービスではポジティブが多く集まったのでしょうか?

機能名

機能名が「口コミ」や「店舗へのご意見」では、もっとネガティブが多かった可能性があります。「応援」や「ここが好き」という社会規範側のネーミングにしたことが良かったと考えています。実際、機能名を変更してからさらにポジティブご意見が多くなったことからも、機能名の影響が大きかったと思います。 一方、店舗自身が、このようなネーミングを使って意見を集めることはかなり無理があります。この点で、本施策の「ここスキ」はプラットフォーマーであるクックパッドならではと言えます。

いつでもネットから投稿できる

いつでもネットから投稿できるというのも良かったのかもしれません。というのは、店頭でのご意見投函は、買物袋を手に下げつつ、ご意見を記入することになります。しかし、そこまでしてポジティブなご意見を投稿しようというモチベーションはなかなか湧きません。このため店頭では、ネガティブ意見が多くなる傾向にあるのかもしれません。

つくれぽの影響

また、クックパッドには「つくれぽ」というレシピ作者さんへのポジティブ・フィードバックを返す機能があります。ここスキは、つくれぽとある部分非常に似ています。クックパッドユーザの多くがつくれぽを知っているので、クックパッド上でポジティブご意見を投稿しやすいという可能性があるのかもしれません。実際、ログインユーザのほうがポジティブご意見を投稿する割合が高くなっています。

ただし、つくれぽは完全に社会規範の範疇ですが、ここスキは市場規範と社会規範の間に立っているという違いはあります。

おわりに

以上、ここスキを通してポジティブ・フィードバックを受け取る施策のご紹介でした。

最後に、この機能の副次的効果を紹介して終わりたいと思います。

ここスキにご意見が投稿される度に、社内のチャットにも投稿されたご意見を表示させました。 この結果、どこの店舗がこんな親切な対応しているのかぁと、理解できるようになりました。

さらに、チャットという常に見るツールの中に多くのポジティブなご意見があると、それだけでモチベーションが上がるように感じています。もちろん、それらのご意見は自分たちに向けられたものではないですが、ポジティブループの中に自分たちも関与できていると実感できるので、非常に良い効果があると感じています。