モバイルアプリの開発上の違和感・痛みに向き合い、少しずつでも前進するための取り組み

こんにちは、モバイル基盤部の茂呂(@slightair)です。 いやー12月になって寒くなってきましたね。

この記事では最近部で始めた「アーキテクチャ課題共有会」という取り組みについて紹介したいと思います。

開発中に感じる痛み

いきなりですが、モバイルアプリの開発中に痛みを感じたり違和感を持ったことはありませんか? 痛みというと大げさかもしれませんが、例えば以下のような設計・実装上のつらみ、悩みのタネたちのことを指します。

  • 同じような記述を毎回書く必要がある
  • 採用している設計パターンにあてはめようとすると、実装しづらい場合がある
  • 必要となる場面が多い割にできないことがある
  • 適切に扱うのが難しく、使い方を間違えやすいものがある
  • 複雑で理解するのが難しい、手を入れられない

特に複数人で開発しているアプリプロジェクトだと、自分でそういう痛みを感じることもあれば、他の人からそういう声が聞こえてくるという経験があるんじゃないかと思います。

僕たちが開発しているクックパッドアプリはサービスがリリースされてからずっと開発を続けているので、その間に開発規模や環境が大きく変わっています。 例えば、以下のものが挙げられるでしょう。

  • 開発人数・規模の増加
  • 人の入れ替わり
  • サービスのリニューアル
  • アーキテクチャの変更
  • モジュール分割などによるアプリ構造の変化

また、社内だけでなく、OSの更新、プラットフォームの進化、開発ツールの進化など、外部の要因もありますね。

そのような環境の変化があるたびに、それに合わせたやり方や仕組みの見直しを行うわけですが、導入した方針や仕組みがいつも最適な選択であるとはかぎりません。 最初は良さそうに思えたものであっても、使っているうちに欠点に気がついたり、状況が変わって適さなくなったものが出てきます。そうしたものが違和感や痛みとして表面化してきます。

痛みに気づいたら整理して解消すればよい

開発環境には変化が起こり続けているので、このような痛みや違和感が出てくるのは当然のことです。気づいたら課題を整理して解消していけばよいでしょう。

このような痛みに気づいて解消していくためには、どんな些細なことでもよいので、なにか思うところがあったら声を上げやすい雰囲気づくりが大切だと思います。幸いにもクックパッドのアプリ開発の現場ではそのような空気ができているように感じています。

Slack など普段会話をしているところで「こういうところつらくない?」というコメントが流れると「それな」「わかる」「オアーッ!」というようなリアクション*1も一緒に集まってきます。 丁寧な人であれば具体的に困っている設計上の課題や仕組みについて issue に書いてくれる場合もあります。

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Slack での会話

気づいて声を上げるところまではよいのだが…

痛みに気づいた人の声をきっかけに議論がはじまり、具体的な解決案がすぐにまとまればよいですが、必ずしもそのようにスムーズに話が進むわけではありません。 ほとんどの場合、大筋の合意を取って修正の方針を決めるまでが難しく、時間がかかります。

そのため、新しい課題が出てきても普段の仕事をたくさん抱えている中では、致命的なものでない限りなかなか向き合えないことがあります。 今までのやり方でも進められる場合は、違和感を持ちながらもそのまま進めることができてしまうからです。 すると、良くない部分に気づいているのにその問題が埋もれていってしまい、改善が進まないという状況になってしまいます。

最近でいうと、モジュール分割*2に関連する実装上の悩みや、アーキテクチャ*3についての課題が多く出ていました。仕組みの導入や整理した後に、それを実際に使ってサービス開発を進めることではじめて見えてくる問題点はたくさんあります。

部内の乗り越えたい課題

僕の所属するモバイル基盤部は、クックパッドでのモバイルアプリの開発環境を整えるという責務を担う部です。 サービス開発が円滑に進むようにクックパッドアプリの中核部分をメンテナンスしたり、設計パターン、実装方針の決定を主導するということが業務に含まれます。

部には、古くからクックパッドアプリの開発に関わっていて現状の実装方針の経緯に詳しい人もいればそうでない人もいます。 また、画面構築やモバイルアプリの設計パターンの知識、それらに対する興味・関心、得意不得意も人それぞれです。

そのため、改善の業務を進める上で部にもいくつか乗り越えたい課題がありました。

  • 現状のアーキテクチャや実装がどういう状態になっているのか、全員が認識している状態になる
  • 実際に基盤のツールやアーキテクチャを利用した際のサービス開発時の問題点を把握し、理解できるようになる
  • 現状認識の統一を図り、改善の方向性の意思統一ができるようになる

これらの課題は、アサインされたモバイル基盤部の業務を単純に遂行するだけでは落としやすいものばかりです。 浮かび上がってくる課題の理解を深め、真摯に解決に取り組み改善を進めていけるようなフローが必要だと考え始めました。

課題をきちんと拾って向き合う時間を作ろう

せっかく上がってきた課題や意見が Slack コメントや issue のままそこで止まらないように、定期的にきちんと課題に向き合う時間を作って運用してみることにしました。 前述の通り、アプリのアーキテクチャに関する話題が多かったので「アーキテクチャ課題共有会」という名前で始めています。

とりあえず以下のようなルールで始めてみました。

  • アプリのリポジトリとは別に、設計上の課題のみが集まるリポジトリを作り管理する
  • 毎週30分、ひとつ課題をとりあげて背景の理解とその解決方法について議論する
  • 参加者持ち回りで、課題の整理と可能であればその解決案を考えて事前にまとめてきてもらい、課題共有会の最初に説明してもらう
  • 議論中別の話題に発展したら、次回以降につづけるようにする
  • 対応方針が決まったら、やるだけの状態になるのでアサインする

このやり方で 2,3ヶ月運用してみて、うまく回っているところと改善できそうなところの両方がありますが、すでにいくつかの課題の解決に役立てる事ができています。

実際に上がってきた課題の例と課題共有会での進行

この期間で上がった課題の例をひとつ挙げると、「ユーザ情報を表現するオブジェクトの取得方法とその扱いがイマイチ」というものがありました。 この課題をテーマに議論することになりました。

アプリの機能や画面表示において、ログインしているかどうか、有料会員かどうかなどのステータスに依存するものはとても多いです。 このようなユーザ情報を取得したいケース、その使い方を整理して、イマイチな部分を改善しようということになりました。

事前準備

その回の担当者は事前に課題を以下のように整理してきました。

  • ユーザ情報の変化に追従する必要のある画面とそうでない画面があり、ほとんど後者である
  • 現状の仕組みでは全ての場面でユーザ情報の変化を意識しないといけない作りであり、複雑になってしまっている
  • モジュール分割の初期の仕組みに乗っているが、今は別の適切な実装手段があるので、新しい方法に乗り換えるべき

このような、現状とその問題点、それに対する解決案が参加者に共有された状態で議論を行います。 もしキャッチアップの段階で疑問点があれば、議論に入る前に解消します。

議論

課題の整理が済んだら提案された解決方法を評価したり、具体的な実装方法について話し合います。 議論中に別の課題が浮かんできたら元の議論が発散しないように注意し、次以降の課題共有会で話せるように内容を残しておきます。

この回では、ユーザ情報の変化を意識せずに各画面を実装するための仕組みの導入と、新しい実装手段への置き換えを行うことに決まりました。

方針の決定と導入

議論で修正方針が固まったら、どのような話が行われ、どのような結論に至ったかをまとめ、決定事項として残すようにします。 その決定事項をもとに、具体的な作業に落とした issue をアプリのリポジトリに作成するようにします。 あとは通常の修正と同じようにPRを作成し、レビューのステップを踏んで導入完了となります。

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課題共有会後の記録の例

課題共有会の良いところ、これから改善できそうなところ

アーキテクチャ課題共有会を始めたことで良かった点と今後の改善点を紹介します。

定期的に課題に向き合い、前に進めるようになった

まず、定期的に時間を取って課題に向き合うことにより、確実に前に進むことができるようになりました。 また、議題に上がった内容やそれに対して決めた「現時点の方針」をきちんと整理して残せるようになりました。

前述したように、開発環境や状況に応じて最適な戦略や方針は常に変わり続けるので、現時点で何を考えどういう方針を取ったのか記録として残るのが大切なところです。

毎週課題共有会を開いているので、方針が決まってあとはやるだけという状態のものがいくつも生み出せていますが、今度は決まったものの実装待ちが溜まりがちという問題も起きています。 前には進んでいるので今は一旦よしとしています。

参加者の負担を減らしつつ、個人の関心を高められる

課題共有会のはじめのキャッチアップをすばやく行うために、事前準備を行うようにしていました。 この準備はある程度手間のかかるものですが、持ち回りで準備をすることで、負担をうまく分散することができています。 負担の分散だけでなく、各個人で課題の深い部分に気づいたり意識をするようになって、議論を重ねるたびに話が進めやすくなる利点もありました。 また、長年の開発によって積もってきた実装方法や課題、歴史的経緯についても理解を深める機会にもなっています。

議論しているとあっという間に時間が過ぎてしまうので、なるべく小さい課題に分割してから議題として選ぶようにしていますが、それぞれの根となる課題は繋がっていることも多いのです。

アプリの設計方針、戦略についての意識合わせができる

当初の狙い通り、目線や今後の戦略についての意識合わせにも役立ちそうでした。 また、アプリ開発の知識量やアプリの経験値の埋め合わせにも効いています。

僕たちは自分たちのアプリの設計の議論からはじめてしまいましたが、もしモバイルアプリの設計パターンの知識が少なかったりメンバー間で大きく差がありそうな状況であれば、一般的な設計パターンの学習からはじめるのがよさそうにも思いました。 僕たちもこの取り組みを続けるうちにあまり良い答えが見つからなくなってきたら、途中で学習に切り替えようと思っています。

部の課題に関係したこともあり、基本的に今はモバイル基盤部のメンバーのみで課題共有会をやっていますが、取り上げる課題によってゲストを呼び、詳しい状況を聞いたり意見をもらったりしています。 アプリで採用する方針の決定にサービス開発者の現場の視点も入れた方が、より実際の利用に合った方針の選択が期待できるので、他の部署からの参加も呼びかけていきたいと思っています。

より形式的な課題管理の方法を試したい

課題共有会の取り組みはお試しだったため、ゆるーい運用ではじめてみましたが、段々と形になり始めているのでもう少し議題の選び方や粒度をしっかりしていけるとより有益な会にできそうと感じています。 情報の整理方法についても、何を書いて残すべきかはっきりするようなテンプレートを整備するなど、もっと形式的にやっても良さそうに感じています。 Issueのラベルで状態を示すようにしたり、いろいろな工夫をちょうど試しているところです。

まとめ

最近モバイル基盤部で始めた、アーキテクチャや開発環境に対する課題を共有し議論して前に進める取り組みについて紹介しました。 こうして書いてみると「課題を整理して時間を取って議論して記録を残そうね」という当たり前の部分が多く、チームによっては自然に行っていたプロセスかもしれませんが、やり始めてみたらしっくりはまってきたプロセスだったため、紹介しました。

このように様々な形でモバイルアプリ開発の環境を改善していきたいモバイルアプリエンジニアの方、またはこのような開発環境でクックパッドのサービス開発にじっくり取り組んでみたいモバイルアプリエンジニアの方がいましたら、ぜひご連絡ください。

*1:カスタム絵文字を作っておくと便利です

*2:〜霞が関〜 クックパッドiOSアプリの破壊と創造、そして未来 - https://techconf.cookpad.com/2019/kohki_miki.html

*3:2020年のクックパッドAndroidアプリのアーキテクチャ事情 - https://techlife.cookpad.com/entry/2020/11/17/110000