マイクロマネジメントは悪か?よりよい組織をつくるためのマネジメント形態についての考察

レシピ事業サービス基盤部で部長をやっています、新井(@SpicyCoffee66)です。引越しを機に MtG のカードをほとんど売ったはずなのに、そのときは存在しなかったポケモンカードのデッキが手元にあります。なぜ?

私は 2017 卒のエンジニアとしてクックパッドに入社し、様々な業務を経験した後に 2020 年の 8 月から部長となりました*1。最近はコードを書いていないので Techlife の執筆内容に迷ったのですが、今自分の中にある「優れた組織づくりについての考え方」をまとめてみることとしました。部長になる前にも、グループ長として小規模なチームマネジメントの経験があるとはいえ、それを含めても2年弱のマネージャー経験しか持っていないので、これが絶対の正解というわけではなく一つの考えとして読んでいただけると幸いです。

組織の存在理由

優れた組織づくりについて考えるために、まずは組織の存在理由について考えます。組織の目的については、書籍の数だけ種類が存在するほど多様な記述がありますが、この記事ではシンプルに「ある目標を達成すること」を組織の目的として考えます。多くの会社ではこの目標がミッションになるでしょう。クックパッドで言うと「毎日の料理を楽しみにする」ことが組織の目的となります*2

一般に、目標達成に重要な要素は、目標に向かう主体の "速度" と "方向" になります。したがって、目標に向かう速度と方向について、主体が「個人」であるよりも「組織」である方が優位であることが、組織をつくる理由の根幹となり、また、この優位性の大きい方が優れた組織ということになります。

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個人と組織の比較

速度についてはわかりやすいでしょう。人が集まる方がマンパワーが増えるため出力が増加します。また、これまでの組織に存在しない専門性を持ったメンバーが加入することで、組織全体のキャパシティが広がっていきます。

方向については、人数が多くなるほどブレる・間違いが多くなるといった印象を抱く方もいるかもしれません。「船頭多くして船山に上る」という言葉もあります。しかし、人間の認知能力には限界があるため、個人の視野では方向性を決定するための情報や、存在する課題を拾いきれないケースが多くあります。このことから、少なくとも成熟した組織においては、方向性の決定についても個人に対して優位性があると考えられます。

ここまでに、組織で目標に向かうことについて、個人でそれをおこなう際と比較した優位性を確認してきました。この考え方を延長して、優れた組織を

  1. 方向性の決定においてより精度が高く
  2. 決定した方向性に沿ってより速い速度で進むことができる

ものであると定義します。

優れた組織をつくるためのマネジメントについての考察

ここからは、前節の定義に沿って優れた組織をつくるためのマネジメントについて考察していきます。今回は、マネジメント形態の分類として一般に用いられる「マイクロ/マクロマネジメント」という概念をベースに考えを深め、最終的に優れた組織をつくるためのマネジメントについての考察をまとめます。

マネジメント形態の分類

「マイクロ/マクロマネジメント」という形態は、白黒二値にハッキリ分類できるものではなく、各組織でのやり方がグラデーション的に分布している前提のもと、それぞれの特徴を考えます。

マイクロマネジメント

マイクロマネジメントでは、マネージャーがメンバーに対して課題を細かくブレークダウンして伝達し、より詳細・具体の部分にまで指示を出します。そのため、マネージャーからメンバーへのコミュニケーションは作業内容の指示が中心となります。その特性上、施策の方向性がマネージャーの意図からブレることは少なくなりますし、トップダウンの施策決定が多いため、意思決定が速くなる傾向も見られます。

一方で、マネージャーの認知能力が組織の認知能力の限界値となるため、特に方向性決定の精度において、組織であることのメリットを活かしづらい形態であると言えます。課題の解釈や解決方法のアプローチに幅をもたせづらく、マネージャー自身がその設定をミスった際に、組織全体でリカバリーするような自浄作用は働きません。速度についても、詳細にまで細かく指示を出すような極端な例を考えると、マネージャーの想定以上の生産性が発揮されるケースは少なくなります。

また、より具体にまで目を届かせる必要がある以上、マネージャーの目線がより内向き・近視眼的になることも、方向性の決定について精度を落とす要因となります。組織の外や未来のことに目を向ける余裕を持てないと、限られた情報で部分最適に近い選択肢を取ってしまう可能性が高くなるからです。

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マイクロマネジメントにおけるマネージャーの意識

マクロマネジメント

対してマクロマネジメントでは、マネージャーはメンバーに現状の課題や目的を伝達するにとどめ、解決へのアプローチについてはメンバーに裁量を持たせます。したがって、マネージャーからメンバーへのコミュニケーションは、課題の共有やより俯瞰した視点での整合性の確認が中心となります。

課題のブレークダウンをなるべく抑えてそのままの粒度でメンバーに伝達することで、マネージャーにより近い粒度で課題を捉えるメンバーが増え、マネージャーの認知能力が組織のボトルネックになりづらくなります。具体的には、マネージャーの課題設定にミスがあった際にメンバーからのフィードバックで再設定が可能になるケースが増えたり、メンバーが独自の観点で課題を解釈することにより、マネージャーが思いつかないような解決策を発案することのできる可能性が高くなります。

より広い範囲の具体についてメンバーに移譲できているため、マネージャーは組織外のことや未来のことに目を向ける余裕ができ、全体最適となる選択肢を取るために必要な情報を集めることができるようになります。

一方で、課題や目的に向き合う視点が増える分、それをまとめ上げるはたらきが必要になります。この整備・工夫を怠ると、意思決定を形成するのに長く時間がかかったり、その方向性がブレる、あるいは全ての意見の間を取った中途半端なものになってしまうといった危険性があります。

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マクロマネジメントにおけるマネージャーの意識

マネジメント形態の比較

先ほどまでに述べてきた各マネジメント形態の特徴を以下の表(図)にまとめます。

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マネジメント形態の比較

対になる性質は様々ありますが、総じてマイクロマネジメントは、組織の行動における不確実性の低さと意思決定の速度に、マクロマネジメントは、"方向" についての意思決定の精度と実行部分の "速度" に優位性があると言えそうです。ここで一点注意すべきなのは、マイクロマネジメントにおける不確実性の低さはあくまで組織の行動に対してのもの(つまりは内情が把握しやすいということ)であり、目的に対しての不確実性を低減している(つまり正しい方向に進んでいる)ことを保証するものではないということです。同様に、意思決定の速度は組織が進む速度とイコールではなく、間違ったアプローチをとった場合、実行全体で見たときの速度は下がる可能性もあります。

これらのことを考えると、冒頭に定義した優れた組織を実現するためには、マクロマネジメントを採用する方が適していると考えられます。

マクロマネジメントがうまく機能するための条件

前節の比較により、優れた組織の実現のためには、可能であればマクロマネジメントを採用する方が適しているとの考えを得ました。しかし、マクロマネジメントがうまく機能するためには、その特徴から

  • メンバーが組織の目標や状況について正しく理解している
    • メンバーが理解できるように伝達する能力をマネージャーが有しているということでもあります
  • メンバーの実行能力がマネージャーのそれよりも優れている

という二つの条件を満たす必要があります。

前者については、主に組織の進む "方向" に関係する条件です。マクロマネジメントの特徴として、マネージャーの認知能力が組織のボトルネックになりづらくなることを挙げましたが、これは裏を返すと、メンバーがマネージャーの視野の外にある課題や解決策を探索・発見できるという前提に立っています。そのためには、メンバーがマネージャーと同じ解像度で組織の持っている目標や置かれている状況について理解しておく必要があります。一般的には "視座" と表現されることの多い素養ですが、これらの情報を主に握っているのはマネージャーである以上、マネージャーにはこれを自身の意図と合わせて伝達し続けることでメンバーに理解してもらう責任があります。一概に「視座の高さはメンバーの能力である」と捉えるのは間違いで、逆に「マネージャーが情報を下ろしてこないのが悪い」と主張し続けるのも建設的ではなく、双方の歩み寄りによって満たすべき条件であると考えます*3 *4

後者については、主に組織の進む "速度" に関する条件です。マネージャーはマネージャーとして、メンバーはメンバーとしてそれぞれ専門性を持って働いている以上、実行の詳細についてはメンバーに移譲した方が速度が出るのが一般的かとは思います。しかし、中には「プレイヤーから転向したばかりのマネージャー x ジュニアメンバー」といった組み合わせ等、詳細についてもマネージャーから細かく指示を出した方が速度が出るケースもあります。そういった場合、少なくとも短期的にはマイクロマネジメントの方が速度が出ることになるため、メンバーの実行能力が十分に高いということも、マクロマネジメントが優位性を発揮するための条件になります。

より優れた組織をつくるためのマネジメント形態の移行

前節の比較から、より優れた組織を作るためにはマクロマネジメントを採用する方がよいが、それが有効に働くためには組織の成熟度に関する条件が存在することがわかりました。「ジュニアメンバーを中心に構成されている組織において、抽象的な指示しか出さない」「成熟したメンバーが揃っている組織において、詳細についても指示を出し続ける」といった例を考えてみると、それぞれ組織活動が上手くいかないことが想像できるため、直感的にも正しい理解であると言えるでしょう。

この考えを押し進めることで、マイクロマネジメントとマクロマネジメントをマネジメントのステージとして捉え、なるべく マイクロマネジメントからマクロマネジメントへ移行していくことで、より優れた組織をつくる ことができるという考えに至ることができます。組織やメンバーの成熟度によってマネジメントの形態を使い分けながら、なるべくマクロなマネジメントに移行していくことで、組織の生産性を上げることができるという考え方です。現実的にマイクロマネジメントを採用する方が生産性が高くなる状況は存在しますが、それを「組織が成熟していない」状態だと捉える考え方であるとも言えるでしょう*5

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マネジメント形態のステージ

マネジメント形態の移行を実現するために必要なことについての考察

前節に提示したマネジメント形態の移行を実現するために、マネージャーとメンバーそれぞれに求められることを考え、記事を締め括ります。

マネージャーに求められること

マネジメント形態の選択と適した速度での移行

組織の舵取りについての責任がマネージャーにある以上、マネジメント形態の選択についても主にはマネージャーの意志のもとおこなわれることになります。組織とメンバーの成熟度を考えながら、どの粒度まで指示を出すべきなのか、どの粒度までの権限移譲が可能なのかを考え、メンバーとコミュニケーションを取る。その過程で少しずつ権限の移譲範囲を広げていき、よりマクロなマネジメント形態への移行を実現することが求められます。文字にするのは簡単ですが実行は非常に難しく、私も「移譲したつもりで詳細の把握を怠っていたら手戻りにつながった」など、これまで何度も失敗してきました。マネージャーに求められる能力は多様なものがありますが、この判断精度を上げることは、明確にマネージャーとしての成長につながると思っています。

メンバーの成長支援

"マネジメント形態の比較"節において、マクロマネジメントがより有効性を発揮するための条件として、

  • メンバーが組織の目標や状況について正しく理解している
  • メンバーの実行能力がマネージャーのそれよりも優れている

の二点をあげました。つまり、マネジメント形態の移行を実現するためには、マネージャーとしてこの二点にコミットする必要があるということになります。メンバーが成長するとうれしいといったような心理的な要因をあえて除き、組織論の観点からドライに考えたとしても、メンバーの成長を支援する理由がマネージャーには存在するのです。

前者については、組織の目標やその意義、置かれている状況について繰り返し伝達する必要があります。組織の定例、普段の雑談、メンバーの提案した施策 issue へのコメント等、折に触れて伝え続けることが重要です。特にメンバーの提案をリジェクトする場合、その原因となるマネージャーとメンバーの観点や持っている情報の差について丁寧に説明することで、お互いの思考を同期する機会とすることが可能です。

後者については、メンバーの成長になるような挑戦の機会を業務の中で設計したり、自己研鑽のための投資を推奨することが効果的になります。

どちらについても、実行におけるミスや足元の速度低下についてある程度のリスクを飲む必要はあるでしょう。メンバーの成長支援が中長期的な投資であることをしっかりと認識し、提供する挑戦機会やスケジュールのバッファなどを通して、リスクコントロールをすることもマネージャーの役割であると考えます。

メンバーに求められること

自身の成長

マネジメント形態の移行についてメンバーに求められることは、何よりも自身の成長になります。自身の成長が組織の成熟につながることをしっかりと認識し、能力を高めていくこと。もう一歩踏み込んだ話をすると、組織の成熟につながるような成長を目指すことが求められます*6。その成長についても、速度を上げるための実現能力の成長はもちろんのこと、方向性の精度を上げるための視野・視座についても、より広く、より高いものにしていくことが望ましいと考えられます。マネージャーから伝達された課題や状況といった情報を一旦咀嚼し、理解しきれなかったところは積極的に議論を持ちかけるなど、メンバーからの歩み寄りも重要になります。特に自分の提案がリジェクトされたタイミングにおいては「マネージャーの理解と自分の理解との間に大きな差がある」ことがほぼ確定するので、その差について積極的に議論し、吸収することが求められます。

最後に

この記事では、最初に組織の存在理由と優れた組織について定義し、それを実現するための方法を、組織の観点からマネジメント形態と、個人の観点からメンバー・マネージャーにそれぞれ求められることの両方について考えました。私自身は、組織を良くするのもあくまでより大きな価値をより早く提供するためというスタンスを持っていますが、同時に健全なプロダクトは健全な組織からしか生まれないという信念も持っています。

冒頭にも述べたように、この記事で述べたことが正解であるというつもりはないので、気になること等がありましたら是非 Twitter 等でコメントをいただけるとうれしいです。また、Meety に以下のカジュアル面談を掲載していますので「直接聞いてみたいことがある」「クックパッドに興味がある」といった方は気軽にご応募ください。 

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*1:過去の仕事から生まれた記事はこちら → spicycoffee66 の検索結果 - クックパッド開発者ブログ

*2:この辺りの組織の意義や構造に関する話は『すぐれた組織の意思決定』という書籍も参考になるかと思います

*3:"視座" については 専門職と視座. こんにちは。ミクシィでスポーツやライブエンタメ関連の技術部長を担当している石井で… | by Kunzo Ishii | mixi developers | Medium も参考になります

*4:視座は能力だけの問題じゃないよというような話は オープンでフラットな組織が突然「閉鎖的」と言われるとき|柴田史郎|note にも

*5:組織形態を「ステージ」として捉えるという考え方は『ティール組織』に出てくる考え方に近い発想かもしれません

*6:ここでは「個人の市場価値を高める」という目的については述べていません